カワバタ ミキ
川端 美季
KAWABATA Miki
所属 衣笠総合研究機構
職名 准教授
言語種別 日本語
研究概要 本研究では、近代日本における清潔さをめぐる国民性の創出を明らかにする。具体的には身体をめぐる清潔さと道徳に関する(精神的)清潔さに関する言説から解きほぐそうとするものである。身体の清潔さと道徳に関する(精神的)清潔さについての分析を通して、一般民衆への清潔規範の浸透過程を詳らかに立体的に記述する。

 明治後期から教育学者、倫理学者、国文学者らは「潔白」という言葉を用い、心身の清潔である状態を説明するようになっていた。武道や武士道に関する文献でも使われており、その言葉の正確な意味と言葉そのものがどのような背景で使用されているのか検討する。芳賀矢一は『国民性十論』(1908年)のなかで古事記をひきながら、日本では古来、禊など清める風習があったことを述べ、日本では入浴習慣が根付いていることから日本人の国民性に「清潔」が備わっていると説明した。芳賀が『国民性十論』に「清浄潔白」を挙げるに至った思想的源流について(1)で得た結果に鑑みながら、加えてドイツからの影響も含めて考察する。また芳賀以降の教育者、倫理学者、国文学者がどのような背景や意味で「潔白」という言葉を用いていたのか整理し、近代以前からの思想の変容について検討する。
 国文学の成立と相関するように、「潔白」という語を広めたもののひとつに「国民道徳論」がある。国民道徳論は明治後期から文科省主導で提唱された。これは1890年の教育勅語をいかに機能させるか説いたものでもあり、「国家統合の精神的紐帯となる国民道徳の創出」を目指すものであった。国民道徳論の端緒は井上哲次郎による『国民道徳概論』(1912年)であるが、ただし教育勅語の後、突然に国民道徳論が現れたのではなく、その嚆矢は西村茂樹の「日本道徳論」(1887年)とも言われている。大正期から昭和期にかけては、教育者や倫理学者によって「国民道徳論」が展開され、国民道徳論に関する文献が多数出版されるに至った。国民道徳論においては国民性の特徴についても説明されていることが多いが、そのひとつに「潔白」が挙げられていくようになる。井上の学統を受ける深作安文の『国民道徳要義』(1916年)や、倫理学者の三浦藤作の『国民道徳要領講義』(1925年)などには、ともに国民性の第一に「潔白」を挙げている。とりわけ、三浦は潔白を説明する際に、身体的潔白さの例に日本の入浴習慣を挙げ、精神的潔白さの例として、武士が不浄の汚名を受けた際に切腹して潔白さを示すことを挙げている。国民道徳論で展開された「潔白」は明確に身体と精神とを結びつけるものである。これが戦時下での自死を選択するなどの死生観につながっていったという仮説をたて、検証する。