ドイ ヒデユキ
土肥 秀行
DOI Hideyuki
所属 文学部 国際文化学域
職名 教授
言語種別 日本語
研究概要 複数形の前衛観へ:未来派とゲラルド・マローネ関連資料研究

 ここ数年の自身の研究活動では前衛の横断性と同時性を導き出す結果を得たが、一方、逆に多様性、地域性、時代性といった周縁に生じる「ずれ」が否定し難くたちあらわれてきた。およそ一世紀前の前衛は、グローバルな現象として均質なようでいて実は多種多様である。よってふたたび3年かけて、ナポリの前衛の例を通して、後付でも図式的でもない、矛盾と複数性をはらむ前衛像を歪めることなく、なおかつ批判的にとらえていきたい。
 まず現在の研究テーマの目的を述べる。本研究においては1910年代半ば以降のイタリア国内の未来派および前衛をめぐる状況の複数性、つまりは地域性に焦点があてられる。特に南部の諸分派が目をひくなかで、ナポリの例は特異と考えられる。というのも、世紀のはじめには文化の中心から周縁へと化していく同都市では、それでも数々の雑誌による文化活動が活況を呈していたからである。そうしたナポリの未来派の発掘研究が1970年代末から進められるにつれ、様々な前衛運動一般へと射程は広がった(1990年代末における研究の例がM. D’Ambrosio, Futurismo e altre avanguardie, Napoli, Liguori, 1999)。当研究もその文脈に連なっていくことを目的としている。
 次に研究の学術的背景と、着想に至った経緯を述べる。国外において、1909年2月にマリネッティが発表した「未来派宣言」による誕生からちょうど一世紀をむかえた2009年をピークに、あらためて未来派は多くの関心を呼んだ。これを再考の機ととらえたむきにおいては、マリネッティら第一世代を核として同心円を描く未来派の既存イメージが、地理と時代に幅のある “futurismi” という複数性を示すものに変化する。つまりモザイク模様を示すとされる前衛の図式のなかで未来派をとらえるというよりも、未来派としてくくられてきたもののなかに複数性なり多様性なりをみる方針をとる(たとえばFuturismi, a cura di C. Rebeschini ed E. Di Martino, Milano, Skira, 2009)。
 国内においては、1992年のティスダル=ポッツオーリの展覧会以降、イタリア未来派あるいは前衛について目立った動向はみられない。限定的に、建築についての研究(「ファシズム建築」とのとらえ方ではあるが)、あるいは「第二未来派」の一部についての考察(太田岳人氏の一連の研究)があるだけである。増殖する未来派像を提示するHultenの記念碑的な成果(展覧会とカタログFuturismo and Futurismi, Milano, Bompiani, 1986)すら研究動向に反映されていない。前衛のはじまりとして、国内外で常に注目される未来派であるが、日本ではうまく研究のアップデートが行われていない。当研究はその挽回をねらう。