ウエダ タカヒロ
上田 高弘
UEDA Takahiro
所属 文学部 国際文化学域
職名 教授
言語種別 日本語
研究概要 芸術のモダニズムに関する総合的研究

「研究内容をごく簡単に」――当項におけるように、こう無粋に問われたら、〈研究〉の語の指示範囲を広義にとらえて「近現代美術の批評史的〈研究〉(狭義の)と、同時代美術に対する批評〈実践〉(いわゆる美術評論)の、その両立」といった風に強弁してきたものだが、2006年4月に初の評論集『モダニストの物言い』(単著, 美学出版)を上梓してからは、後者(批評実践)の意欲がずいぶん減退した。
否、「物言い」を重ねても響かぬ情況に辟易(ないし疲弊)したという側面もあるが、他面では、核心的なことは言い切ったという満足感もある、というのが正直なところだ。
いずれにせよそうして、前者(批評史研究)の観点で掲げていたモダニズム美術の「公衆」に係る課題の解明があいかわらず未了であることに気づかされるのだが、しかしこれにまつわってはその後、07年度の学外研究(米国ロチェスター大学)中のある経験が重要な変更をもたらすことになる。

すなわち、〈私〉自身の経験(あるいは再び実践の語をもちいるべきか)がなおこのモダニズム美術の「公衆」のそれとして批評史の観察対象たりうるという認識の到来であり、あるいはそうして「両立」ならぬ「総合」が果たされたとき、研究(もちろん広義の)は美学のそれの様相をすら呈するだろう。

ちなみにこの、約めていえば〈生〉の有限性への関心は、時間芸術としての音楽なかんずくオペラへと、あろうことかそれへの傾倒を長く自身に禁じてきていた私を誘い、ついに個別研究テーマの一つとしてそれを明記させるに至った。もとより絵画(これが私の第一の研究対象だ)もこの現代において危うい立場に置かれてはいるが、オペラはすでに「2度目の死」(ジジェク)を経験したにもかかわらずなお〈私〉の眼前に、美と芸術にまつわる問いを発する機縁として立ち現れてくる。ただでさえ時間に追われているのにオペラなんぞにつきあっている暇はあるのか、と(半面嬉々として)自問している今日この頃である。